発表会の準備が進み始めると、レッスン室の空気に細い光が一本通るように、子どもたちの集中が変わります。
ピアノはスポーツのように目に見える成長が急に表れるわけではありませんが、発表会は「積み木をそっと一段積むように積み重ねてきた日々」が、やわらかなかたちを持ちはじめる瞬間でもあります。
そして、この時期に実はもう一つ起きる変化があります。
それは“ご家庭との距離が、ふっと近くなること”。
親子のやりとりの中に、音楽が静かに入り込み、小さなドラマが生まれはじめます。
1.「今日ね、弾けたよ!」が増えていく理由
発表会の準備は、単なる曲仕上げではありません。
子どもたちは、ステージに立つ“近未来の自分”を想像することで、普段よりも少しだけ背伸びをします。
「できるようになりたい」という芽は、教室よりも家庭でよく顔を出します。
夕食のあとに鍵盤へちょこんと向かう。
お迎えの車の中で「あの部分、ちょっと難しかった」とぽつりと話す。
そんな小さな変化は、すべて成長の証。
脳科学的にも、“目的が明確な練習”は海馬と前頭前野の働きを高め、集中と記憶の質がぐっと上がります。
だからこそ、発表会前の時期は、子どもにとって「伸びる季節」なのです。
2.ご家庭にお願いしたいことは、たったひとつ
この時期、教室側からのお願いは、実はとてもシンプルです。
それは
「できた瞬間を、一緒に喜んでいただくこと」。
細かい指導は私が責任をもって行います。
ただ、「弾けたね」「聴かせてくれてありがとう」のひと言には、指導者では決して作れない力があります。
親のまなざしから生まれる安心感は、情緒を安定させ、前頭前野の働きを高め、発表会に向けて必要な“チャレンジする勇気”を支えます。
これは、どんな練習法よりも強力です。
3.ステージに立つまでの“親子物語”も宝物
ある年、発表会前に「どうしてもここがうまくいかない」と涙ぐむ子がいました。
その子のお母さまは、ただ横に座り、あたたかく背中をさすって、こう言いました。
「大丈夫。ゆっくりでいいよ。あなたの音が好きだよ。」
その後の仕上がりがどうだったかよりも、
あれは、その子のピアノ人生に小さな光の柱を立てた瞬間でした。
発表会は、親子で積み上げる“思い出の時間”でもあります。
ご家庭にしか作れない温度が、子どもの音に宿ります。
4.当日、ステージに立つ子は“ひとつ大人になる”
ステージという場所には、特別な空気が流れています。
照明の熱、静けさ、客席からの視線。
そのどれもが子どもにとって、人生の初めての“責任ある場所”になります。
幼児さんでも、小学生でも、初ステージの方でも同じです。
緊張していても、胸を張って立つ。
その瞬間、確かに子どもは一段、精神的に大きくなります。
ここで得た自信は数年後、思いがけない場面で支えになってくれると信じています。
5.おうちと教室でつくる“あなたのステージ”へ
発表会は、演奏を披露するためだけのイベントではありません。
子どもが自分の力を信じるための舞台。
親子が気持ちを重ねるための時間。
そして、一人ひとりの個性を丁寧に照らす場所。
ご家庭のあたたかな応援が重なるほど、音は生き生きと輝きます。
どうか今年の発表会が、親子にとって忘れられない時間になりますように。
